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#1673:焔の月 5日目
(木の繊維が、いったいどのようにしてこの服の中に収まったろうか
(合成と呼ばれるわざに、私は何度か世話になっていた

(私の手にそれが身に付いたなら、どれほど役立つだろう
 一から形あるものを作り出すほど器用ではないにせよ
 私の手にそれが身に付いたなら……

(私は

(ひとりで何でも出来るようになりたかった
 誰の手にも頼らず
 私の手ひとつですべて済ますことの出来るように

(私は無力だった


(あの本は多くの者の手によって成り立っていた

(私の思い付きに最初に賛成してくれたもの
(私たちの思い付きの舵取りとなってくれたもの
(神学を志す身でありながら、執筆に心血を注いでくれたもの
(口下手な私の代わりに見事な対外交渉を果たしてくれたもの
(若者の無謀に賛同を惜しまず、金銭的協力を名乗り出てくれたもの
(ペンの先からまるで精緻な図版の数々を生み出してくれたもの
(魔法のような正確さで私を誤記と自惚れから救ってくれたもの
(時として異端審問の影に慄く私をやさしく包んでくれたもの
(それから……

(まだ沢山いる
(私と私の友人に協力してくれた者は数え切れない

(もちろん袂を別たざるを得なかった者もある
 心ひそかに私をよく思わなかった者もあろう

(彼らを疑うことは容易い
(けれど私はアンジニティに落とされてすぐ
 彼らを疑うことの無意味さに気付いたのだった

(早い話が

(私は売られたのだ

(私の首は銀貨になり
 私たちの四十二巻は灰になった

(私は売られてここへやって来たこと以外に
 私を示すすべを持たない……


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#1673:焔の月 4日目
(濁った海沿いを歩く
 吹き荒ぶ風は粘り付くように濃い

(私は元の世界でもこんな風に海を眺めて歩いたろうか
(それよりも私は海を見たことがあったのだろうか
(頭蓋の内側に茫漠としたヴェールを被せられたように
 ここでは何ひとつ冴えたことがない

(タルタスの街をここまで離れたのははじめてのことだった
 いやに遠くまで来てしまったと感じている

(タルタスにはほとんど人も残っていないだろう
(あの街は私にとって禍の象徴から形づくられたような場所だったが
 私はもはやあの狭い街でしか生きられなくなってしまっていた

(もう戻れない

(私は早くもくたびれていた
 あと少し歩いたら休もう

#1673:焔の月 3日目
(ざらざらざらざら
(ざらざらざらざら

(砂地を歩くのは文字を踏み付けるようで好かなかったが
 硬い土は土で文字の上に眠っているような気がしてくる

(肩口に転がっている石はEのように角ばっているし
 尻の辺りはrとGが敷き詰められているような感触だし

(何にせよこの土地はどこでも居心地が悪いのだった

(ざらざらざらざら
(ざらざらざらざら…

(料理はアンジニティでの数少ない慰めだ
 私の手には少々骨が折れる作業だが

(この手が指先から凝り固まってしまうよりはましだ

(私の心が淀んだ深みに囚われてしまうことのないように
 私は死んだように浮かんでいなければならない

(この泥水の上で
#1673:焔の月 2日目
(街じゅうが浮き足立っている
 忙しなく通りをゆく人びとの気配は私を眠りの底から叩き起こすが
 私は骨の髄まで染み付いた緩慢な痛みのためにしばらく動き出すことが出来ない

(ここを出るって?
(タルタスから?

(ここではいつも誰かがそんな話をしていた
 叶うことがないと知れるや、また別の誰かがその話を口にした
 伝播した傍から潰えてゆく夢

(ここから出るって?
(この――

(アンジニティから?

(無数の口のあいだを同じ言葉が飛び交っている
(同じ言葉が(壁に
(同じ言葉が(壁に穴が
(同じ言葉が(壁に出口が!

(私はその波の中から抜け出さなくてはならなかった
 ここで平穏無事に過ごすには俊敏さと直感と同時に抑制と無関心とが不可欠で
 私の身体は重々しい忍び足のたびに軋み

(そんなことより私には食べ物が要った
 ひとつでも不安要素の少ない食料を手に入れるために
 私はゆっくりと急がねばならなかった

(悟られぬように・気取られぬように・巻き込まれぬように
(悟られぬように・気取られぬように・巻き込まれぬように
(悟られぬように・気取られぬように・巻き込まれぬように

(そこをゆくおまえよ
(おまえにはまだ望みがあるのか

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