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#1673:焔の月 9日目
(丹念に磨かれた石英が
 砂粒の表情の違いを映し出している
 付するべきタグも
 代わりの紙片さえないままに
 私はレンズに数字を与える

(これは藝術品だ
 私なら迷わずHを付ける
 異論の声が上がるとすれば
(加工品……原料に重きを置くか
 それとも砂漠からの交易品
 光を屈折させる科学の申し子
 あるいは魔導具
 もしかすると異教の偶像
 はたまた異国の手わざの史料とも

(いや
 やはり違うな
 しっくり来ない
(私はあくまで工芸品として
 H3を付与する
(数字には絶対的な権限を与えはしても
 しかし数字それ自体が絶対的な訳でない
 分類は常に揺れ動く
(分類官たるもの
 その身じろぎに素早く感応しなければならない

(私は作業を繰り返し
 山ほどの数字を先生に提出する
 今の私を見たらきっと言うだろう
 考えすぎていると
(そうだ
 熟考するに越したことはないが
 迷うことは許されない

(そうしている間にも
 仕事が山と増えた日々を忘れまい
(我らが皇帝の御旗が翻るとき
 血が流れ
 人が死ぬ
 潰えた文化は勝者が手中に

(私たち分類官は戦いを知らぬまま
 蹂躙の爪痕が刻まれた遺物に血の匂いを知った
(分類官の職務は絶えることなく
 日々見も知らぬ品々が戦利品として持ち込まれ
 我々は見も知らぬ人びとに思いを馳せながら
 見も知らぬ伝承のなかへ踏み入った

(私たちはありとある品物に数字を付けた
(貨幣/書物/絵画/指輪
 食器/衣服/標本/石材
 遺髪/時計/経典/武器
 花瓶/椅子/勲章/呪具
 楽器/剥製/文具/……
(我らが数秘術は帝国の常世を記すため
 付した数字はすなわち覇者の勝利の足跡であった

(だが
 私はとこしえと謳われた栄光に背いて久しく
 今やひとつきりの分類に時間を持て余している
(待てども遺物はやって来ず
 自ずから拾い上げた小石や木の枝
 いびつな草花たちに物語を見出そうとする有様で
 検閲官たちの神経質さも今はなつかしい

(レンズの向こうに景色が迫る
 アンジニティの弱弱しい光が
 褪せた地面に透き通った円を描く
(膨らんだ景色がはちきれて
 私が失ったものたちを見せてくれないか
(束ねた光が焼き付いて
 私の瞼に消えない名前を刻んではくれないか

(そう
 ただの夢想だ
(強く望みながらも
 叶われては堪らないと……

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#1673:焔の月 8日目
(フリストを街と呼ぶには少々静かすぎた
(ここは寄る辺ないものたちが築き上げたよすがで
 外からやって来たものは誰ひとりとして歓迎されなかった
(私は狭い納屋の跡に横たわり
 ようやく人心地が付く

(目を閉じる
 力を抜く
(左手の先が徐々に重みを失っていく
(解放された鎖が膝の上から落ちる
 土が付く前に埃っぽい空気のなかに霧散する

(鎖は右袖の中に繋がっている
 右手首の枷に
(その革と金属のまぼろしがいやに現実味を帯びているのは
 私が祖国で最後に身に付けたものだからだ

(掛け金が軋む
 外した金具がその重みに垂れ下がっても
 革はまだ私の肌に張り付いている

(手首に巻かれた革を剥がしてゆく
 剥がすという形容が似つかわしい
(私の薄い手首の中から
 整然と並んだ無数の棘が姿を現し
 針の先ほどの傷口に血が滲み出す
(痛みはない
 まだ……

(そうして私の肉を穿っていた手枷は
 こびり付いた血の赤黒さも嘘のように輪郭を失い

(間もなくのことだ
(それは気が付くと頭の芯から浮かび上がり
 自覚した瞬間にはもう遅い
(頭蓋を内側から押し広げられるような

(噫、
(私は痛みに声を失う
 あばら屋の隅に身を縮める
(ありとある見えない魔物が私の内外から
 この頭を打ち砕かんとする
(巨人の足は容赦なく私の頭を踏み付け――

(脈打つのを止せ

(フリストの夜は驚くほど静かで
 私は自ら起こした嵐に苛まれながらも
(おまえは書物のためだけに産まれた化生でないと
 痛みの中に生を見出しもする
(不安と心許なさ、そして少しの安堵

(これは揺り戻しだ
(記憶をこの手に顕在させることの
(自ずから解くことを許された鎖
 外すことで機能する枷
 棘は私の肉の中に眠りたがっている

(しばらくすると
 激しかった痛みは徐々に落ち着き
 鈍い疼きが頭の底に残ってくる

(すると今度は
 身体じゅうの痛みが目を醒まし始める
 手枷で穿ち続けた手首はもちろんのこと
 歩き疲れた足も
 異形との戦いで打ち付けた背中も
 肩にこんな大きな痣が残っていたなんて
(私は息をついて重々しく身を起こし
 肌を拭き
 食事を摂る
(痛みは常にそこにある
 本がこの手に重みを取り戻すまで

(少し眠ろう
 眠ったら楽になる
 人の名を唱えよう
 眠っても忘れてしまわないように
 …
 痛いな
 頭が痛い
 それから腰も
 ………
 埃が手首に沁みて
 暗い
 ………………
 硬く冷たい床に思い起こす
 ささくれ立った寝台
 剥製の載った盆
 傷一つない机
 閉ざされた書庫

 ………………………………

#1673:焔の月 7日目
(時どき砂に足を取られながら歩く
 心臓が跳ねた拍子に何かが失われてしまったのではないかと思う
(でも私から失われた物事は二度と戻らないから
 私は何も悔やまない
(それきりだ

(夜は鍋を火に掛けながら、数字のことを考える
 特に数字である必要はないが
 数字がもっとも適しているのだ

(たとえば……

(火を大別する

(神の与える火が1
 火の歴史が2

(産業に使われる火は3
 錬金術師の扱う火は4
 人を殺す魔法の火が5
 野菜を煮込む火は6で

(火を謳う音楽は7が聞こえる
 ひ、火、炎――舌に乗せたその名は8

(神そのものの火としての11
 神の化身たる炎は12
 神学の机上で解剖される火は13
 人の心に燃え盛る不可視の14
 呪術師たちはその火に15が与えられていることを知らない

(はじめに火の起こった瞬間は21
 火と共に歩んだ私たちの世界は22
 火刑の23は人の世に親しく
 火によって開かれる未来は24を付されるだろう
 25を考えている最中に鍋が吹き零れそうになる

(意味はない
 形にならない
 世に出ることなど考えもしない

(冗長だ
 まとまりがない
 火だけに数字を割き続けることは出来ない

(文字には表さない
 口に出してはいけない
 私の欲望の火が爆ぜてしまうから

(世界に存在するすべての物事は

(数字に落とし込むことが出来る

(私は世界そのものを理解したような気持ちになる
 この胸は言いようのない昂りに囚われる

(あの世界には
 今も私に分類されることを待っている品があるだろうか
(それとも別の人間が
 私のように数字の虜となってしまったろうか

(私の愉悦

(私はきっと
 愉しみ過ぎたのだな

#1673:焔の月 6日目
(項目がまたひとつ消えている
(Faunner【人】とFaussinium【植】の間
 Fauで始まりiに終わる

(……はて?

(綴りの候補は限られそうなものだが
 私にはまったく思い出せなかった

(残っていた番号は【463/E23:46:14:5:3:18:7;F13 GD/EC】

(動物…

(鳥だな

(生息地が7
 凍てつくような数字だ

(ごく短距離の渡りをする
(一羽のオスが複数のメスと番う習性

(独特
 この鳥だけを表す番号
(せめて下位が付されていれば

(執筆者はもちろんGD
 彼の独擅場だ
(それも図版つき
 さぞ美しい姿をしていたろう

(…………………………

(駄目だ
 思い出せない

(Faunnerは私が居た世界の魔法学者
 魔力の精製法にその名を残した
(Faussiniumは南に咲くオレンジ色の大輪
 先生が標本を見せてくれたことがある

(関係性を隔てられた項目の合間に余韻を残し
 頁から失われた一羽の鳥

(こうして紙の上の知識が消えてゆく代わり
 言葉にならない知恵が身体に刻まれて

(このまま手掛かりを失い続けたら
 私は獣にでもなるのだろうか

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