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#1673:焔の月 8日目
(フリストを街と呼ぶには少々静かすぎた
(ここは寄る辺ないものたちが築き上げたよすがで
 外からやって来たものは誰ひとりとして歓迎されなかった
(私は狭い納屋の跡に横たわり
 ようやく人心地が付く

(目を閉じる
 力を抜く
(左手の先が徐々に重みを失っていく
(解放された鎖が膝の上から落ちる
 土が付く前に埃っぽい空気のなかに霧散する

(鎖は右袖の中に繋がっている
 右手首の枷に
(その革と金属のまぼろしがいやに現実味を帯びているのは
 私が祖国で最後に身に付けたものだからだ

(掛け金が軋む
 外した金具がその重みに垂れ下がっても
 革はまだ私の肌に張り付いている

(手首に巻かれた革を剥がしてゆく
 剥がすという形容が似つかわしい
(私の薄い手首の中から
 整然と並んだ無数の棘が姿を現し
 針の先ほどの傷口に血が滲み出す
(痛みはない
 まだ……

(そうして私の肉を穿っていた手枷は
 こびり付いた血の赤黒さも嘘のように輪郭を失い

(間もなくのことだ
(それは気が付くと頭の芯から浮かび上がり
 自覚した瞬間にはもう遅い
(頭蓋を内側から押し広げられるような

(噫、
(私は痛みに声を失う
 あばら屋の隅に身を縮める
(ありとある見えない魔物が私の内外から
 この頭を打ち砕かんとする
(巨人の足は容赦なく私の頭を踏み付け――

(脈打つのを止せ

(フリストの夜は驚くほど静かで
 私は自ら起こした嵐に苛まれながらも
(おまえは書物のためだけに産まれた化生でないと
 痛みの中に生を見出しもする
(不安と心許なさ、そして少しの安堵

(これは揺り戻しだ
(記憶をこの手に顕在させることの
(自ずから解くことを許された鎖
 外すことで機能する枷
 棘は私の肉の中に眠りたがっている

(しばらくすると
 激しかった痛みは徐々に落ち着き
 鈍い疼きが頭の底に残ってくる

(すると今度は
 身体じゅうの痛みが目を醒まし始める
 手枷で穿ち続けた手首はもちろんのこと
 歩き疲れた足も
 異形との戦いで打ち付けた背中も
 肩にこんな大きな痣が残っていたなんて
(私は息をついて重々しく身を起こし
 肌を拭き
 食事を摂る
(痛みは常にそこにある
 本がこの手に重みを取り戻すまで

(少し眠ろう
 眠ったら楽になる
 人の名を唱えよう
 眠っても忘れてしまわないように
 …
 痛いな
 頭が痛い
 それから腰も
 ………
 埃が手首に沁みて
 暗い
 ………………
 硬く冷たい床に思い起こす
 ささくれ立った寝台
 剥製の載った盆
 傷一つない机
 閉ざされた書庫

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